春の気配

 

雨の最初の一滴が

わたしの耳を濡らす

辺り全体 しっとりしめって 春だ

 

二滴目はわたしの鼻先を濡らす

三滴 四滴 百滴 千滴

たくさんの雨粒が

わたしの背から尾までをしめしめ しめと

濡らす

 

自分が春の雨の畦道に立ち尽くす

消し炭色の犬で あることが わたしは

うれしい

 

(「雨の犬」:「この世界の全部」より 作曲/池辺晋一郎 作詞/池澤夏樹 )

 

 

 

 

もう、3月もおしまい。

着々と春が迫っている。

 

今日は曇りで、風が強い日だった。 気温が20°くらいまで上がって、じめじめとしていた。

 

夜の10時すぎの夜道も、ほんのりした公園のライトに夜桜が浮かび、あたりには湿気を多く含んだ春の気配の漂いがあった。 あぁ、春のにおいだ。

わたしは空気のにおいでいつも、季節を感じる。

咲き始めた桜や、日ごとに増す陽射しの強さでも感じるけれど、においが一番リアルに、生に、一年ぶりの、だけど新しい、時の巡りを感じさせる。

 

ひとつの歌を思い出した。

「雨の犬」。春が近づくとあるじめじめとした雨の日、ケシズミ色のイヌが、あぜ道に立ち尽くしている。

耳、鼻先、背中、尻尾、春の雨はイヌのからだを徐々に、濡らしてゆく。

イヌはからだ全体で、そして、何よりもその、敏感な嗅覚で、始まりの季節である春を、感じていただろう。

 

春の到来を、晴れた日に咲く花々や、暖かな日差しに見い出すよりも、しめしめと降る雨の日に見出しているこの歌は、私がこの歌をコンクールで歌ってから7,8年後に、ほんとうの実感を伴って思い返され、「感じられた」 のであった。

 

シンプルで、少しミステリアスなピアノの伴奏は、しめっとした春の気配をいざなう。

こころに、期待を含んだ静けさをもたらす。